後編 大阪の陣
こんばん歯〜久しぶりの登場のDr.平塚です。
今日は、前回の続き何故豊臣家は徳川家にあっさり敗れたのかの後編です。
関ヶ原の戦いで敗れた、豊臣家の力が衰えたのは事実ですが蓄えていた財力はまだまだ底を見せていませんでした。
そこで、家康は財力を使わせるため寺社仏閣を修復させたり色々考え実行していきます。そして、家康は言いがかりをつけて豊臣家を潰しに動きます。
その言いがかりとは、豊臣家が建てた寺の鐘に「国家安康」って彫ってありました。家康は、自分の名前が離してある事に言いがかりをつけました。
そこで、豊臣家は残っている財力で浪人を大阪城に雇いだします。
家康に不満を持っている浪人など色々集まってきました。その中には、あの真田幸村、後藤又兵衛もいました。
家康に、まだ一泡吹かせる位の浪人は集まってきていたのです。
しかし、ここでまたしても大将である豊臣秀頼は大阪城の本丸からは、姿を見せませんでした。しかし、幸村などに促され本丸から出ようとしたその時、淀君がまたしても秀頼を本丸に連れて帰るのです。
大将が姿を見せない戦に浪人も士気が上がらず幸村などの奮戦も及ばず敗北します。
そして、敗北の講和の条件として大阪城の外堀を埋めることになったのですが、家康が守るわけもなく内堀も埋めてしまい本丸だけの丸裸状態になった大阪城は、大阪夏の陣で落城し豊臣家は滅亡し家康の天下統一が完成したのです。
さて、ここで淀君の行動には色々不思議な点が色々出てきます。
何故、息子秀頼をそこまで本丸から出陣させなかったのか?
可愛いからだけでしょうか?戦国時代を生き抜いてきた淀君なら秀頼を出陣させなかったら士気が上がらず負けるのはわかっていたはずです。
そうなってくると、わざと豊臣家を滅亡に導いたようにも思えてきます。
そうなると、淀君の動機は何だったのか?
淀君は、織田信長の妹お市の方の長女になります。そのお市は、信長と同盟の関係にあった浅井長政に嫁ぎますが反旗を翻した長政は、信長に滅ぼされます。秀吉とかの努力のお陰でお市とその子供達は救出されます。秀吉は、美貌で有名だったお市を何としても救出したかったのです。
そして、お市は独り身になるのですがそれを不憫に思った信長が、自分の右腕でもある柴田勝家に嫁がせます。その勝家も、本能寺の変で信長が死んでから秀吉と戦い滅ぼされます。秀吉は、この戦においても、お市を殺さず捕まえるように指示を出しています。
しかし、お市は、勝家と共に自害します。それを知った秀吉は、一晩中泣いたといわれています。そして、その時子供達はまたしても救出されます。
その中に、長女である茶々(淀君)もいました。茶々は、お市に似て美貌で有名でした。お市がいなくなり落ち込む秀吉は、茶々に側室になるように言いつけます。
茶々は、自分が秀吉の側室になる事で妹達の将来を安定させられると思い秀吉に嫁ぎます。
そして、秀吉との間に秀頼が産まれますが淀君は秀吉を愛していませんでした。
どちらかといえば、自分の父親を2回にもわたって殺し、最後は母親も自害にまで追い込んだ秀吉を憎んでいたかもわかりません。
そう考えると、淀君は豊臣家を潰したかったのかもわかりません。
これは、あくまでも私の推測ですがそれが一番有力な憶測じゃないでしょうか?
皆さんも色々推測して下さい。
次回からは、要望に応えて 独眼竜・伊達政宗の生涯について書いていきます。
最後に、F1に大ニュースです!!!
あのミハエル・シューマッハが期間限定で復帰します!
これからの、フェラーリは生まれ変わりますよ!!
今日は、前回の続き何故豊臣家は徳川家にあっさり敗れたのかの後編です。
関ヶ原の戦いで敗れた、豊臣家の力が衰えたのは事実ですが蓄えていた財力はまだまだ底を見せていませんでした。
そこで、家康は財力を使わせるため寺社仏閣を修復させたり色々考え実行していきます。そして、家康は言いがかりをつけて豊臣家を潰しに動きます。
その言いがかりとは、豊臣家が建てた寺の鐘に「国家安康」って彫ってありました。家康は、自分の名前が離してある事に言いがかりをつけました。
そこで、豊臣家は残っている財力で浪人を大阪城に雇いだします。
家康に不満を持っている浪人など色々集まってきました。その中には、あの真田幸村、後藤又兵衛もいました。
家康に、まだ一泡吹かせる位の浪人は集まってきていたのです。
しかし、ここでまたしても大将である豊臣秀頼は大阪城の本丸からは、姿を見せませんでした。しかし、幸村などに促され本丸から出ようとしたその時、淀君がまたしても秀頼を本丸に連れて帰るのです。
大将が姿を見せない戦に浪人も士気が上がらず幸村などの奮戦も及ばず敗北します。
そして、敗北の講和の条件として大阪城の外堀を埋めることになったのですが、家康が守るわけもなく内堀も埋めてしまい本丸だけの丸裸状態になった大阪城は、大阪夏の陣で落城し豊臣家は滅亡し家康の天下統一が完成したのです。
さて、ここで淀君の行動には色々不思議な点が色々出てきます。
何故、息子秀頼をそこまで本丸から出陣させなかったのか?
可愛いからだけでしょうか?戦国時代を生き抜いてきた淀君なら秀頼を出陣させなかったら士気が上がらず負けるのはわかっていたはずです。
そうなってくると、わざと豊臣家を滅亡に導いたようにも思えてきます。
そうなると、淀君の動機は何だったのか?
淀君は、織田信長の妹お市の方の長女になります。そのお市は、信長と同盟の関係にあった浅井長政に嫁ぎますが反旗を翻した長政は、信長に滅ぼされます。秀吉とかの努力のお陰でお市とその子供達は救出されます。秀吉は、美貌で有名だったお市を何としても救出したかったのです。
そして、お市は独り身になるのですがそれを不憫に思った信長が、自分の右腕でもある柴田勝家に嫁がせます。その勝家も、本能寺の変で信長が死んでから秀吉と戦い滅ぼされます。秀吉は、この戦においても、お市を殺さず捕まえるように指示を出しています。
しかし、お市は、勝家と共に自害します。それを知った秀吉は、一晩中泣いたといわれています。そして、その時子供達はまたしても救出されます。
その中に、長女である茶々(淀君)もいました。茶々は、お市に似て美貌で有名でした。お市がいなくなり落ち込む秀吉は、茶々に側室になるように言いつけます。
茶々は、自分が秀吉の側室になる事で妹達の将来を安定させられると思い秀吉に嫁ぎます。
そして、秀吉との間に秀頼が産まれますが淀君は秀吉を愛していませんでした。
どちらかといえば、自分の父親を2回にもわたって殺し、最後は母親も自害にまで追い込んだ秀吉を憎んでいたかもわかりません。
そう考えると、淀君は豊臣家を潰したかったのかもわかりません。
これは、あくまでも私の推測ですがそれが一番有力な憶測じゃないでしょうか?
皆さんも色々推測して下さい。
次回からは、要望に応えて 独眼竜・伊達政宗の生涯について書いていきます。
最後に、F1に大ニュースです!!!
あのミハエル・シューマッハが期間限定で復帰します!
これからの、フェラーリは生まれ変わりますよ!!
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