医療法人潤和会 今出川 前田歯科医院(京都市上京区の歯科医院)

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前編:関ヶ原の戦い

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    こんばん歯〜戦国マニアのDr.平塚で〜す
    今回は、前回予告したように何故豊臣家は徳川家にあっさり敗れたのかの前編です。
    その前編は、関ヶ原の戦いです。皆さん、御存知のように徳川家康が勝利し天下人に大きく近づいた戦です。
    この関ヶ原の戦いは、関ヶ原の戦い以前より始まっていたのです。
    徳川家康は、豊臣家と戦をし勝利したかった為、戦が起きるように仕掛けます。その始めとして、会津にいる上杉家が謀反の疑いがあるとして会津(福島県)に出陣します。その、上杉家には今大河ドラマでしている直江兼続がおり、豊臣家の石田三成(この後三成と呼びます)と密に連絡を取っていました。
    その為、三成は挟撃をしようと家康征伐に大阪を出兵しました。その時、家康は水戸辺りまで進んでいたのですが待ってましたと言わんばかりに兵を大阪方面に戻し始めます。
    家康と戦をする気で待っていた、上杉家は肩透かしを食らいます。直江兼続は、すぐに家康を追いかけ挟撃するように大将の景勝に進言しますが、後ろに伊達政宗が控えている為景勝は動きませんでした。
    この時点で、豊臣家は大チャンスを逃していたのです。
    そして、いよいよ家康が大阪方面にやって来ます。三成は家康を待ち構える為、関ヶ原の高地に鶴翼の陣(鶴が羽を広げたように相手を囲む陣)を敷きます。
    高地から相手を囲みその上、兵力も家康を上回っているのですから勝利して当然の準備ができていました。
    家康は、準備はしていなっかたのかというとそんなはずはありません。家康は、豊臣家内で三成と仲良くない福島正則、黒田長政等の豊臣家の武闘派を仲間に組み入れて三成方の武将にも戦が始まっても動かずじっとしていたら勝利後の褒美を約束していました。
    しかし、家康方には計算外の事も起きていたのです。関ヶ原に向かう兵を静岡から岐阜に行く部隊(大将:家康)と長野から岐阜に向かう部隊(大将:長男秀忠)に分けていました。
    その秀忠が、長野の途中で前にお話した真田昌幸・幸村親子に足止めを食らわされ関ヶ原の戦いに間に合わなっかたのです。その為、家康は予定の半分の兵力だったのです。
    そして、戦が始まり結果は、皆さんも御存知の通り三成方は裏切り及び戦わず静観しているものが続出し完敗します。
    話がそれますが、この関ヶ原の戦いで家康方の先陣をきったのが
    ひこにゃんのお話をした時の赤備えの井伊直政ですよ。
    ここで、大きな疑問が生まれます。豊臣家の大将は何故、石田三成だったのか?
    確かに、三成は豊臣家で秀吉が死んでから五奉行の中でも大きな権力を持っていました。しかし、三成は内政派の為、戦は苦手とし武闘派の武将とは仲良くありませんでした。
    豊臣家には、7歳とはいえ秀吉の息子秀頼がいました。秀頼を子供とはいえ関ヶ原に出陣させていれば福島正則などは、秀吉に自分の事を子供のように可愛がってもらっておりその秀吉の息子に弓は引けなかったはずです。また、秀頼が出陣していれば家康も自分の不利な状況を察知し兵を引いていたはずです。それを、わかって多くの豊臣家の武将は出陣を促しましたが拒む人物がいました。
    その人物は、淀君です。淀君は、断固として拒否し、豊臣方の大名で一番大きい力を持っていた毛利隆元までも関ヶ原に出陣させませんでした。まさに、時点で歴史は動いたのです。
    その結果、豊臣方の大将は皮肉にも、一番敵の多い三成になってしまい敗北したのです。
    この淀君は、後編でお話する大阪の陣でも登場します。淀君が何故拒んだのかは謎ですが、
    次回、大阪の陣と一緒に推測していきますでお楽しみに。
    最後に、今週は久しぶりのF1です。間が開いたんですがフェラーリが速くなってる事を祈って日曜日を楽しみます。

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    この記事に対するコメント

    すごいです!!!
    歴史詳しいんですね!!
    私も戦国大好きです!!(と言ってもそんなに詳しくないんですが)
    次のも楽しみにしています!!

    またの機会に伊達政宗の生涯について書いてくれないでしょうか?
    院長の娘 | 2009/07/12 9:04 PM
    コメント有難うございます。
    戦国大好きなんですね!
    独眼竜政宗についてですね!生涯となれば書くことは、色々あるので結構長くなりますが楽しみにしてて下さい!
    他にも、質問等あればいつでもどうぞ!!
    Dr.平塚です。 | 2009/07/13 12:30 PM
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